賃借人が亡くなった場合の相続について
1 問題の所在
被相続人が賃借する家屋には、被相続人とともに、相続人でない同居者が居住していることがあります。
例えば、被相続人の内縁配偶者が同居している場合などです。
賃借人である被相続人が亡くなって相続が開始したときに、このような相続人でない同居者が、その建物に居住し続けることができるかどうかが問題となってくることがあります。
この点、相続の開始により、同居者が居住建物から退去しなければならないとすることは、生活の基盤が喪失してしまうことになり、同居者の生活に重大な支障をきたしかねません。
そこで、判例や特別法では、相続の開始後も同居者が建物に居住することができるよう、一定の手当てが行われています。
2 相続人が存在する場合
借家権も財産権の一種であり、相続の対象となります。
したがって、建物賃借人の地位は相続人に承継される、すなわち受け継がれることになります。
この場合には、賃貸人からの明渡請求に対し、内縁配偶者は、相続人が承継した借家権を援用し、明渡しを拒むことができると判決されました(最判昭和42年2月21日民集21巻1号155頁)。
また、相続人からの明渡請求に対しても、内縁配偶者は、権利の濫用として、明渡しを拒むことができるとしました(最判昭和39年10月13日民集18巻8号1578頁)。
賃貸人と相続人が賃貸借契約を合意解約し、賃貸人が明渡請求を行った場合についても、内縁配偶者は、同様に、明渡しを拒むことができるとした下級審裁判例があります(東京地判昭和63年4月25日)。
このように、相続人に承継された借家権が存続する限り、内縁配偶者は建物に居住し続けることができるということになったのです。
ただし、あくまでも、内縁配偶者は相続人の借家権を援用しているにすぎませんので、相続人が賃料支払義務を負うことになります。
そして、相続人が賃料を支払わず、賃貸借契約が債務不履行解除された場合には、内縁配偶者は建物から退去しなければならなくなります。
他にも、建物の修繕請求は相続人しかできないという問題もあります。
3 相続人が存在しない場合
相続人が存在しない場合は、最終的に相続財産は国庫に帰属することになります。
建物賃借人の地位も相続財産の一種ですから、相続人が存在しなければ国庫に帰属するということになりそうです。
国庫に帰属するということになると、同居人にとっては生活の基盤を失うこととなり、酷な結果を招きます。
そこで、借地借家法は、相続の開始により、一定の相続人でない同居者が、建物賃借人の地位を承継するものとしています。
相続人でない同居者が賃借権を承継する要件は、次のとおりです。
① 居住の用に供する建物であること。
② 建物の賃借人が相続人なしに死亡したこと。
③ 同居者が賃借人と事実上の夫婦または養親子と同様の関係にあったこと。
これらの要件を満たす場合に、相続人でない同居者は建物賃借人の地位そのものを承継します。
従って、同居者は、建物の使用収益権だけでなく、賃料支払義務なども承継することになります。
また、同居者が建物の修繕請求をしたときは、賃貸人はこれに応じなければなりません。
なお、同居者が賃借人の地位を承継することを望まない場合は、同居者は、相続人なしに死亡したことを知った時から1か月以内に、建物賃貸人に対し、賃借人の地位を承継しない旨の意思を表示する必要があります。